
(P1より続く)
6.サン・テグジュペリ
──愛おしさがにじむ歌唱、ストリングスと管楽器のアンサンブルが美しいですね。
実は、一番軸になる曲かなと思っています。ちょっと不思議な音階だったり。
──終盤のリフレインは湯川さんの「キャロル」とも響き合います。
言われてみれば! この曲もラブソングなんですけど、サン・テグジュペリの評伝からインスパイアされていて。サン・テグジュペリってやさしいイメージがあったけど、実は壮絶な恋愛をしていた人なんです。「一輪のバラをかけがえのないものへと変えたのは/きみがバラのために費やした時間だよ/その時間だよ」というフレーズは、『星の王子様』から引用したんです。そのとおりだな、って印象に残っていて。自分も遠回りしてこのアルバムにたどり着いたし、プロセスに実は答えがあるんだなって。ライブの日に特によく思うんですが、朝起きて、ごはんを食べて、電車に乗って、そのひとつひとつがすでにライブだなって。唄ってそれで終わりじゃない。その日の一連のこと、どのパーツが外れてもその日の演奏にならなかった気がするし。そんなふうに思っていたことと、この言葉が重なって。
7.Jasmin
──楽器と、声と、それらと溶け合う二つの歌声の愉楽をぞんぶんに味わえる素晴らしい曲ですね。楽曲のアイデアはどのように生まれたのでしょう?
baobabというバンドで唄とフィドルをやっていて、今、Meadowというソロをやっているmaikaと作った曲です。いつもバイオリンやボーカリストとしてわたしのサポートを何回かしてくれているんですが、いつか一緒にできるといいね、と言っていて、やっと。どう作ろうか? って相談したら、「じゃあ潮音が歌詞書いて」とmaikaが曲を作ってくれました。これは歌詞が一瞬で浮かんできたんです。深呼吸のようなハミングのような感じで声を出していたとき、その音のなかに「ジャスミン」という言葉が聞こえた気がして。
──湯川さんはご自身の声で多重録音されることが多いですが、maikaさんとの作業でどんな面白さがありましたか?
maikaの声が多重で録音されている上に、さらに重ねていくという作業だったんですけど、面白かったですね。これまであまり自分の曲にコーラスしてもらうということがなかったので。さっき話した「時空がずれる」という話(前編をご覧ください)、どこか空の上から地上を見ているような、鳥のような浮遊感が出ればいいなと思って作り上げていきました。唄っているとどこにいるのかわからなくなるというか、いまここにいる人も、いない人も、つながってるなって思う瞬間がたまにあって。そんな話をmaikaとはするんです。同い年だし、感覚が合ったっていうのがすごく嬉しくて。maikaとは一緒に旅行に行ったり、海に向かって二人で唄ったりしてるんです。声の混ざりかたが気持ちよくて。
──どんな曲を唄うんですか?
maikaの新曲とか(笑)。わたしが単なるファンなんです。本当に彼女のソロ作品が素晴らしくて。「ああ…やられた!」って思いました(笑)。
8.語られない人のうた
──管楽器とギターによるシンプルな編成ですね。
特に意識していなかったんですけど、自分が好きなものを集めていたら、こうなっていたという(笑)。これは妊娠中にできた曲だったかな。体にも心にもいろんな変化が出てきて、朝散歩するようになったんですけど、そのとき、街の人がちょっと違って見えてきて。エレベーターの手すりを掃除する人や、郵便局の窓口の女性はどんな人にも同じ受け答えなんだな、とか細かなところに目がいくようになったんです。そういう時期に、この路上のおじさんに気がついて。いつ動いているんだろうっていうぐらい変化がないんですけど、その人の前を通ることで、今日もいるなあ、ってみんなが安心している雰囲気もあって。普段見ている景色のなかに、物語が落ちているんだなって感じるようになったというか。
──管楽器が高らかに語っている感じですね。
EPとはまったく違ったアレンジで、とゴンドウトモヒコさんにお願いして。面白いね、とのってくれました。

9.vincent
──ドン・マクリーンの1972年のヒット曲「Vincent」のカヴァーです。
以前、ファンの方が「カバーしてください」とメールをくれたんです。なかなか機会がなかったんですけど、せっかくなら日本語にして唄ってみようかなと。訳詞するのが初めてで、原曲の言葉、意図の汲み取りと、自分の表現と、いい塩梅を探すのがなかなか難しかったですね。
──訳詞をする過程で、原曲に近いものをイメージしたのか、あるいは自分のイメージを打ち出していったのか。
自分のイメージかな。やっぱりどうしてもそのまま訳した言葉はのらないし。原曲はカラフルな言葉なので、日本語もそういうふうにしたいなと、そこは大事にしました。
──ドン・マクリーンの歌詞はゴッホの絵画「星月夜」をモチーフにしていますが、湯川さんの訳詞から遠藤賢司さんの姿が重なりました。「裸の王様」のイメージです。
ゴッホは孤独と闘っているけど、それが逆にエネルギーになり、パワーとなって放出されていると感じていて。孤独は知りうることはできないけど、寄り添うことはできると絵から感じるというか。そういう優しさは、エンケンさんにも通じると思います。
──エンケンさんがお亡くなりになったのは5年前です(2017年10月)。湯川さんが楽曲を書きためている時期のなかで起こったことですが、自分を振り返るようなことなどあったんでしょうか。
そんなに経つんですね。心にぽっかり穴が開いて、お月様がなくなったような感じ。大きい存在だったんだなって感じますね。呼んでも返ってこない声に対して、どうしたらいいんだろうという時間が長かったかもしれないですね。死ぬってどういうことなんだろうと深く考えるようになったし、同時に、生命力に満ちた小さな「人」が身近にいて。生と死が隣り合っていた時期だったというか、そこで不安定になっていた部分があったのかもしれないです。でも、書くこと、曲に残すことで、どこか安心する部分はあるので、曲を残したいと思って続けているのはエンケンさんのパワーのおかげだなと思う。
10.風のうわさ
──声の多重録音とバイオリンよるこの曲はいつ頃できたのでしょうか?
この曲は比較的最近できたんです。後半に赤ちゃんの泣き声が入ってるんですけど、うちの子で。
──泣き声を録っていたんですね。
いろいろ声を録っておこうと思って、唄い始めの声も録っています。父が「録っておいたほうがいいよ」と言っていて、わたしの声もそうして録音してくれていたので、代々受け継いでいこうかなと(笑)。
──トーベンさんも、赤ちゃんの頃の湯川さんの声を曲に織り込んでいたり?
どの曲だったかわからないですけど、していたと思いますね。
──言葉や音の並び方に、どこか宮澤賢治を思い起こさせますね。「星めぐりのうた」のような空間の広がりもあって。
怖いわらべ歌みたいな? まさに自然のなかで、夜の森のなかで聞えるざわめきとか、そんな感じを現したかったんです。ある意味、人っていうか…人ではない人? 人の「10の物語」って言ってるけど。
──「七歳までは神の子」って言いますからね。
そうですね。「あの世の人」かもしれない(笑)。

【前編】2022/9/16(金)公開
【後編】2022/9/17(土)公開
【ALBUM INFORMATION】
2022.9.16 Release
湯川潮音 “10の足跡”
1.ポーラ
2. 枯葉
3. だれがつけただろう
4. バースデイ
5. あなたの国へ
6. サン・テグジュペリ
7. Jasmin
8. 語られない人のうた
9. vincent
10. 風のうわさ
[ 参加ミュージシャン]藤原マヒト、安宅浩司、ヤマカミヒトミ、高原久実、片山奈都実、村上咲依子、佐藤綾音、中田小弥香、ゴンドウトモヒコ、関島岳郎、maika(Meadow)